Masuk私の作った朝食を皆で食べた後、片付けはアネットに任せて町へ行くことにした。「よし、準備OK」外出着に着替え、エントランスへ向かうと丁度俊也が仕事に向かうところだった。「あれ? 今から出掛けるの?」帽子をかぶりながら俊也が尋ねてきた。「ええ、そうよ。色々用事があるからね」「ふ〜ん、そうなのか。それじゃ俺と一緒に出ようよ」「ええ。そうね」2人で揃って外へ出ると、丁度庭ではジャンが芝生の芝刈りをしていた。「あれ? ゲルダ様。お出かけですか?」「ええ、そうよ。それよりもジャン、今夜は貴方がノイマン家に行く日なのに休んでいなくて大丈夫なの?」「こんな朝から休んでなんかいられないですよ。休憩なら午後に取ります」ジャンは芝を刈りながら返事をする。「ふ〜ん……そうなんだ。でも芝刈りは大変じゃない?」「好きでやってるのでいいですよ」その時、黙って立っていた俊也が私をつついて来た。「ねぇ、そろそろ行こうよ」「ええ。そうね。それじゃ行ってくるわ」「ええ、行ってらっしゃいませ」頭を下げたジャンに見送られながら私達は門を目指してあるき出した――****「母さん、あのジャンて人に……俺たちどうやら勘違いされている気がする」ボソリと俊也が言った。「え? 勘違い? どんな?」「うん……僕と母さんが特別な関係だと思っているように感じたんだ」「まぁ、それはそうよね。外見は全く違っても前世で私と俊也は親子だったのだから」「う〜ん……そういう関係じゃなく……どうやら恋人同士に思われているような気がしてならないんだ」俊也は腕組みした。「ちょ、ちょっとやめてよ! いくら何でも俊也と私が恋人同士なんておかしいでしょう!? ほら、見てよ! 今の言葉で全身に鳥肌が立っちゃったじゃないの!」私は袖をまくって俊也に見せた。「それを言うなら俺だってそうだよ!」俊也も腕をまくると、やはり私と同様に鳥肌が立っている。「やっぱり、私達は親子ってことよね」「ああ、そうだね」2人で顔を見合わせ、クスクスと笑った―― ****「それじゃ俺はこっち側だから」メインストリートに出ると俊也が右側の方向を指さした。「あら、そうなのね。私はこっちよ」俊也とは反対方向の左側をさす。そちら側には商店街が広がっている。「そうか、それじゃここまでだね。じゃ行ってくる
時計が22時半を示した頃――「あれ? ゲルダ様。まだ起きてらしたのですか?」ノイマン家のウィンターに会いに行っていたジェフがフラリと厨房に現れた。「お帰りなさい、遅くまでご苦労様。ウィンターには会えたかしら?」ジェフはさっきまで俊也が座っていた椅子に座った。「ええ、まぁ……会えたことは会えましたが……」「それでウィンターは何か言っていた? ラファエルの愛人はどうなっているのかしら?」「ええ、それなんですけどね。今夜はまだ来ていないそうです。でもまだラファエルと愛人は別れてはいないそうです。そこは確認したとウィンターが言っていました」「え? そうなの? まだ時間的に早いのかしらね……」そう、ここであっさり別れられては困る。ベロニカが夫の留守中にラファエルと浮気をしている証拠を押さえることが出来ないからだ。「大体何時頃来ているのかしら……? でもまだ別れていないなら何よりだわ」「さぁ。何時頃にラファエルの元に来ているかはウィンターに確認するべきでしたかね?」「う〜ん。そうねぇ……でもジェフ。貴方大分疲れているみたいだから、今夜はもう休んでちょうだい。明日私がノイマン家に行ってくるから」「ええ!? ほ、本気で言ってるのですか!? ばれたらどうするんですか!?」「大丈夫だってば。変装していくから。ジェフは何も気にしないで。ほらほら、疲れてるんでしょう? お休みなさい」「は、はい……では失礼して休ませていただきます」ジェフは頭を下げると厨房を出て行った。「さて。後一仕事したら私も休みましょう」私は残りの厨房の仕事に取り掛かった――**** 翌朝――5時半に起きた私は厨房に立って料理を作っていた。大鍋に昨日のうちに切っておいた野菜を入れてグツグツ煮込んでいると俊也がフラリと厨房に現れた。「おはよう、母さん」「あら、おはよう俊也」「どうしたの? こんなに早く起きてきて。まだ6時になっていないわよ? それともこんな早い時間から仕事に行くのかしら? そう言えばまだ何の仕事をしているのか聞いていなかったわね。俊也は今どんな仕事をしているのかしら?」大きなお玉で鍋をかき混ぜながら話を続ける。「俺は今郵便局で働いているよ。郵便配達員なのさ」「あら、そうなのね。自転車に乗って配達しているの?」「郵便馬車に乗って配達してるよ。8時半か
22時―― 働き者の私は明日の料理の仕込みをしていた。野菜の皮を剥き、カットする。本日町で購入してきたお肉を自家製のタレに漬け込み、この世界ではまだ珍しい貴重な冷蔵庫に入れた。「フフフ……使い勝手はまだまだ悪いけど、この世界にも冷蔵庫があるのは救いだわ。食材を腐らせないで済むものね。そうだ! ついでにイースト菌を作りましょう!」何しろ私の将来の目標はシェアハウスを作ることだけにはとどまらない。前世で夢半ばに終わってしまったパン屋をオープンさせたいという夢が残っているのだ。前世で叶わなかった夢をこの世界で現実のものにしてやろう。私はさっそく食材と一緒に買って来たドライレーズンを瓶に移して水を注いだ――「あれ? 母さん。まだ厨房に立っていたの?」イースト菌を発酵させる準備を終え、後片付けをしているとシャワーを浴びてきたのだろうか、妙にさっぱりした室内着で俊也がふらりと厨房に姿を現した。「ええ、ウィンターの元へ向かったジェフがまだ戻ってきていないしね」「そうか…」俊也は厨房に置かれた木の丸椅子に座ると尋ねてきた。「母さん、あのアネットという女性とは一体どういう関係なの?」「え? アネット?」突然アネットのことを尋ねてくるなんて……。「ひょっとして俊也、貴方アネットに惚れたわね?」「べ、別にそんなんじゃないよ。大体今日彼女とは会ったばかりだっていうのに……それは確かに可愛い女性だとは思うけどさ」俊也は少しだけ顔を赤らめた。「うん……実はね。アネットと私の関係は少し複雑で……実はアネットは最初、元夫……名前はラファエルっていうんだけど、彼の恋人だって聞かされていたのよ。ラファエルが結婚した当時は私には前世の記憶がなくて……情けないことに恋人がいるって知っていたのに結婚してしまったのよね。それだけ当時の私は元夫にべた惚れしていたから。だけど、その後私は前世の記憶を突然思い出してラファエルとは何とか離婚出来たのよ。そしてその時初めて事実を聞かされたのよね。実はアネットは恋人でも何でも無く、ラファエルの不倫を世間に隠す為の嘘の恋人同士を演じさせられていたって訳なのよ」「ええ!? それは……また何とも複雑な話だな……って言うか母さんの元夫っていうのは最低だな」「ええ、最低な男よ。だからこれから罰を下そうと思っているの。元々私の実家は大富豪でね。
20時――「ではゲルダ様。ノイマン家に行ってきますね」厨房でアネットと俊也と一緒に食後の後片付けをしているとジェフがフラリと現れた。「あ、今夜ウィンターと落ち合うのはジェフだったのね」「はい、そうです」しかし、何だかジェフの顔色が優れない。「何だか疲れ切った顔していますね」食器を拭いていたアネットがジェフに声をかける。「言われてみれ疲労感が漂っているな」俊也はジェフの顔をじっと見た。「ええ、まぁ確かに……今日は1日この屋敷の修繕をしていましたからね」「そう言えばそうだったわね、だから疲労回復にとっておきの物を用意したわ」私は厨房に置いてある食器棚から瓶を取り出した。この中には輪切りにスライスしたレモンがはちみつ漬けにされている。瓶の蓋を開け、トングでレモンを取り出して皿に乗せてフォークと一緒にジェフに渡した。「はい、ジェフ。これを食べて行って。レモンは疲労回復の効果があるんだから。そこに栄養価の高いはちみつ漬けてあるからとっても美味しいわよ」「何だか酸っぱそうですが…折角なので頂いていきます」ジェフははちみつ漬けのスライスレモンを口に入れ…。「美味しいですね…。酸味と甘みが絶妙です」気に入ったのか、皿に乗せたレモンのはちみつ漬けを全て平らげてしまった。「どう? 少しは元気が出た気がしない?」「う~ん……そうですね。正直に言えば、食べたばかりなので効果がいかほどの物か分りませんが、味は普通に美味しかったです」「確かに食べてすぐに元気が出たかどうか分らないわよね? まぁいいわ。理論的にはこの組み合わせは疲労回復に役立つはずだから。それじゃ悪いけどノイマン家に行って来てくれる?」「はい、では行って参ります」ジェフは何となく重い足取りで厨房を出て行った。「彼は何所へ行ったんだい?」俊也が私に尋ね来る。するとアネットが代りに答えた。「あのね、ゲルダさんの夫は侯爵夫人と不倫関係にあったのよ。その証拠を掴むためにウィンターという男がノイマン家に潜伏しているのよ」かなり端折っているはいるが、説明していることに間違いは無いので私は特に反論しないでいた。「ええ!? 一体その話は何なんだい!? かあさ……ゲ、ゲルダさんは結婚していたのかい!?」俊也が身体をのけぞらせて驚いた。そうだ、私は俊也に自分がこ世界で結婚していたことを明か
「お帰りブランカ! で? 守備はどうだった!?」私はエントランスに立っていたブランカの前に駆けつけると早速尋ねた。「相変わらずゲルダ様は賑やかな方ですね。とりあえず、ウェルナー侯爵ですが、今はここから国境を2つ超えた国『リトナ』という国に滞在しているようです。そこで何をしているかまでは探ることは出来ませんでしたが、毎週末にはウェルナー家へ戻っているそうですよ」「え! そうだったのね? と言うことは明後日にはウェルナー侯爵は帰って来るのね!?」「はい、なのでその時はベロニカ婦人は屋敷にいるそうです」「成程、そういうことなのね……ならすぐにでもベロニカとラファエルの不倫の話を報告できそうね。ただ問題なのは今もベロニカはラファエルと愛人関係にあるかどうかなのよね……」「あの、続きのお話は後にしていただけないでしょうか? ウェルナー家は人使いが荒くて……今日は1日中屋敷の大掃除をさせられていたので、少し休ませていただdきたいのですが」フウ……とため息をつくブランカ。「ああ、ごめんね。そうよね、貴女はメイドとして働いて帰宅してたばかりなのだから。いいわ、お部屋でゆっくり休んでちょうだい」「いえ、少し休めば結構です。厨房の仕事をしなくてはなりませんから」「え? 何故厨房に?」首を傾げるとブランカが言った。「皆様のお食事の準備がありますよね?」「あ~それなら大丈夫よ、私が今日からウィンターが戻るまで料理を作るから」するとブランカが目を見開いた。「ええ!? 料理って……ゲルダ様に出来るのですか!?」「何言ってるのよ、見くびらないでちょうだい。さ、それよりもブランカは部屋で休んでいなさいよ」「で、ですが……」尚も躊躇うブランカの背中を押して、彼女を自室へと追いやった。何しろ私は主婦としてだけで無く、寮母として働いていた記憶もあるのだ。お腹を空かせた多くの学生たちの為にどれだけ料理の腕を振るってきたことか。おまけにこの世界には様々な香辛料や調味料が溢れている。味噌や醤油に似た調味料まであるのだから驚きだ。「フフフ……私の料理の腕前をみせてあげるんだから」ほくそ笑みながら厨房へ戻ると、すっかり打ち解けた様子で俊也とアネットが仲良さげに野菜の皮むきをしていた。「どう? 2人共。作業は進んでる?」腕まくりしながら近づき、2人に声をかけた。「あ!
17時―― 今日からウィンターがいないので、代わりに厨房に立って夕食作りの準備をしていた。私はじゃがいもの皮むきをしながらウィンターのことを考えていた。ウィンターは無事にノイマン家で働かせて貰っているだろうか――と。 その時。「母さん、料理を作っているんだろう? 手伝おうか?」ヒョイと厨房に顔を現したのは他でもない俊也……ではなくルイスだった。「こら、ルイス。2人で決めたでしょう? お互い名前で呼び合おうって」「でも2人きりの時位いいじゃないか。どうにも落ち着かないんだよ。ゲルダさんて呼ぶのがさ」俊也は肩をすくめながら厨房に入ってきた。「う〜ん。まぁ確かに私もルイスって呼ぶと正直、背中がゾワゾワするのよね。それじゃ……2人きりの時くらいは呼びやすいようにしましょうか、俊也」「そうだね、母さん」そして私達は互いに笑い合った。「じゃ、俊也には玉ねぎの皮を剥いてもらおうかな」「お安い御用さ」俊也は隣に立つと、ザルの中に入っている玉ねぎの皮を剥きながら話しかけてきた。「ところで母さん」「何?」「さっき、ジャンとジェフっていう2人の若い男性と挨拶したけどさ……」「ああ、あの2人ね。若いけど、仕事がとても出来る優秀な人物よ」「うん、それは2人の様子からすぐに分かったよ。それでさ……どっちが母さんの恋人なの?」「は?」思わず持っている包丁で手を切りそうにうなってしまった。「ちょ、ちょっと待ってよ! どうして2人が私の恋人だと思うわけ!?」「いや……何となく……勘?」「それが勘なら、相当的外れな勘よ。あの2人は私の実家で雇っているフットマンなのよ。尤も今は私専属のフットマンだけどね。彼等はこの屋敷でこれから従業員として働いてもらうのよ。『シェアハウス』をオープンさせる為にね」「ふ〜ん。そうだったのか……」俊也は3個めの玉ねぎに手を伸ばした。「それより俊也。貴方こそどうなの? 1人でここにやってきたってことは家族はいないのかしら?」「そうだよ。この世界での俺は捨て子だったからね。俺は施設で育ったのさ。特に決まった女性もいないしね」「え!? そ、そうだったの!?」思わず俊也をじっと見る。すると俊也は笑った。「いやだな〜そんな目で見ないでくれよ。確かに俺は今世では捨て子だったけど、前世では母さんに大切に育ててもらえたからね。